『木下保手稿譜資料の概要』
木下保について
木下保(1903-1982)は兵庫県城崎郡豊岡町(現在の豊岡市)に生まれ、東京音楽学校本科を卒業後、研究科在学中の1927年に新交響楽団ベートーヴェン没後百周年記念演奏会の交響曲第9番のソリストとしてデビュー。欧米留学を経験し、その後は東京音楽学校、戦後は東京学芸大学などでの教育活動を行った。演奏活動としては、1935年から戦後まで継続して独唱会を開催し数多くのリート(歌曲)作品の演奏、研究を行い、戦後からは藤原歌劇団や二期会などのオペラ公演に度々出演。團伊玖磨作曲「夕鶴」の与ひょう役は最高の当たり役といわれた。自身の演奏活動と並行して合唱指揮者としても活躍し、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団をはじめ、数多くの団体の指揮、指導を行った。声楽家、教育者、合唱指揮者として日本における西洋音楽の普及、発展に貢献した音楽家である。
木下保は作品演奏において「けっきょくは作曲家と演奏家の信頼度の差から判断して、事に当たらなければならないことを悟った」[1] と述べているように、作曲家への信頼を強く持っていた。最も信頼を寄せていたとされる作曲家の一人が信時潔であるが、信時以外の作曲家、また若い作曲家に対してもその信頼と、作品演奏への姿勢は変わらなかった。また、木下は日本語歌唱の重要性、必要性について何度も語っており、「日本の歌曲を美しく上手に歌えるようになることは日本人としての責任もあり、念願でもあります。」[2] と述べている。数多くの作品の演奏、また研究を行い、熱心な教育者でもあった木下の経歴を考えると、彼のもとに作曲家から作品が送られることは自然な流れであると考えられる。
木下保資料の概要
木下保の活動を跡づける膨大な資料がのこされた自宅は、近年、木下の三女でピアニストの増山歌子氏の尽力により「木下記念スタジオ」としてサロンコンサート等に提供され、木下保にゆかりある作曲家の作品が紹介されてきた。木下の長女で声楽家の坂上昌子氏や木下に指導を受けた方々の演奏も行われた。それと並行して増山氏は資料整理と保存にも注力され、大学史史料室には木下自身の研鑽、教育、演奏、創作等の歩みを跡づける録音、録画、書籍、写真、ノート類が目録付きで寄贈され、近現代日本の声楽を知る一級の資料として演奏や研究に活用されている。平成23(2011)年以来、同氏より目録付の資料群を度々ご寄贈いただき今日に至っている。
(詳細は今後公開予定の寄贈資料リスト参照)
手稿譜全19点のデジタル化を行った。そのうち著作権保護期間の終了した以下6点を公開する。
(それ以外の手稿譜については寄贈資料リスト参照)
深井史郎作曲<日本の笛 Ⅰ伊那、Ⅱ出舟、Ⅲ矢部のやん七>、橋本國彦作曲<小唄 垣の壊れ、せめて急ぎゃれ>、<舟歌、城ヶ島の雨>、下總皖一作曲<春浅き>、<秋の落葉>、信時潔作曲<女人和歌連曲>
[1]木下保「信時潔と自作品への愛情」(「合唱通信」カワイ楽譜(1965.10)より)
[2]木下保「日本歌曲を上手に歌うには」自筆原稿より
作曲者について
深井史郎(1907-1959)秋田県出身。
東京高等音楽院及び帝国音楽学校を卒業。菅原明朗に師事。1936年に師である菅原らと「楽団創生」を結成。管弦楽曲や室内楽曲、電子音楽、歌曲などを残し、クラシック音楽だけでなく、映画音楽や放送音楽なども手掛けた。
橋本國彦(1904-1949)東京都出身。
1923年に東京音楽学校本科器楽部に入学。1学年上に木下保が在籍。1934年に文部省在外研究員として留学、シェーンベルクやその弟子ヴェレス、クルシェネクらに師事する。帰国後は母校の教授として、芥川也寸志、團伊玖磨、黛敏郎などを育てた。
下總皖一(1898-1962)埼玉県出身。本名:下總覺三。
1920年に東京音楽学校甲種師範科を卒業。ドイツでパウル・ヒンデミットに師事。帰国後に東京音楽学校助教授となり、1956年には東京藝術大学音楽学部長を歴任。童謡や文部省唱歌をはじめ校歌なども数多く作曲した。
信時潔(1887-1965)大阪府出身。
東京音楽学校器楽部及び研究科器楽部でチェロを専攻し、その後作曲部へ移り、作曲を学ぶ。東京音楽学校助教授を勤めた後に留学、帰国後も教授として数多くの音楽家の育成に携わる。下總皖一、橋本國彦、細川碧、長谷川良夫、柏木俊夫、高田三郎など。木下保の在学中にも信時は教授として在籍していた。
各資料画像
- 日本の笛
- 小唄
- 舟歌 城ヶ島の雨
- 田植歌
- 鳴神
- 馬追手綱
- 小壷別離
- 南の島
- 黒ん坊
- るりるの作った歌
- 花壇の火事
- 春浅き
- 秋の落葉
- 朝4編
- 恩師を讃える歌
- 伽陀
- 女人和歌連曲
- 佐賀のわらべ歌による7つの無伴奏女声合唱曲
- 薄氷
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